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April 18 徳性を養う指導者に徳があってこそ、はじめてもろもろの力が生きてくる
大東亜戦争が終わった時、当時の中国国民政府の蒋介石主席は、
“怨みに報いるに徳をもってする”と言うことを声明し、
日本に対して報復的なことや賠償の要求をしなかった。
これはお互い日本人としてはまことにもって
多としなければならないところであると思う。
このことはもともと中国の昔の聖人である老子のことばだという。
それが二千五百年にわたって中国では、
指導者としての一つの心構えとされ、よき伝統となっていたのであろう。
例えば諸葛孔明が辺境の蛮族を帰順させるのに、
単に武力をもってするのではなく
七たび捕えて七たびこれを放ち
ついに完全に心服せしめたというような話も伝えられている。
そうした中国のよき伝統を蒋介石主席みずから実践したのだと思うが
これは指導者にとって極めて大事なことだと考えられる。
というのは、人間は人間を動かすことは、実際はなかなか容易ではない。
力で、あるいは命令で、あるいは理論で動かすと言うことも、
それはそれでできないことではない。
「これをやらなければ命をとるぞ」といわれれば
たいていの人は命を惜しいから、不承不承でもやると言うことになるだろう。
しかしいやいややるのでは、何をやっても大きな成果はおさめられない。
やはり、武力とか金力とか権力とか、あるいは知力といったものだけに
頼っていたのでは本当に人を動かすことはできない。
もちろんそれらの力はそれなりに有効に活用されるべきではあろうが、
何といっても根本的に大事なのは徳をもって、いわゆる心服させるということだと思う。
お釈迦様は偉大な徳の持ち主で、その徳の前には狂暴な巨象まで
ひざまずいたと言われるが、そこまではいかなくても
指導者に人から慕われるような徳があってはじめて、
指導者の持つ権力その他もろもろの力も生きてくるのだと思う。
だから、指導者はつとめて自らの徳性を高めなくてはならない。
指導者に反対する者、敵対する者もいるだろう。
それに対してある種の力を行使することはいいが、それだけに終わっては
それがまた新たな反抗を生むことになってしまう。
力を行使しつつも、そうした者をも自らに同化せしめるような徳性を養うため、
常に相手の心情を汲み取ることにつとめ、
自分の心を磨き高めることを怠ってはならないと思う。
-----------松下幸之助
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